打倒巨人を僕は絶対に忘れない…

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【PR】私の開発した謎解きゲームです。ぜひ、遊んでみてください。
謎解きゲーム『メモ帳の謎 1st season』

Dato kyojin

僕がプロ野球を見始めたのは中学生の時だった。当時、PlayStationで発売されていたゲーム「ワールドスタジアム」が友だちとの間で流行っていた。松坂大輔投手の155キロのストレートなどプロ野球が楽しいと感じたときだったと思う。

data-ad-format="rectangle">

中日ドラゴンズ時代

僕の周りではプロ野球のファンも多く、ダントツで巨人ファンが多かった。僕はいろいろな理由があって巨人を好きにはなれなかった。詳しいことはカット。テレビのプロ野球中継はもちろん巨人戦ばかり。僕は巨人ではない方を応援していた。

あの頃は今でも謎だけどナイター中継ばかり見てた。翌日に試合について友だちと話すからだった。正直、くだらないことでケンカにもなったこともある。しかし、それだけ巨人が嫌いと言うことで燃えていたのだ。

ある日、テレビの番組(珍プレー、好プレーかな)で星野仙一さんがベンチの中にあるものを破壊するシーンが流れた。僕は闘う姿勢をむき出しにした姿に魅了された。星野仙一さんは当時、中日ドラゴンズの監督だった。僕はドラゴンズのファンになった。

中日ドラゴンズの監督をしていた時は闘将だったと思う。巨人対ドラゴンズの試合は僕の中で多いに盛り上がった。リーグ優勝もした。でも、日本一にはなれなかった。悔しかった。

阪神タイガース時代

阪神タイガースの監督になるというニュースが流れたときは驚きを隠せなかった。生涯ドラゴンズだと思っていたからだ。当時のタイガースは強い球団ではなかった。しかし、金本選手・片岡選手などが入り気付いたらリーグ優勝していた。ドラゴンズファンの僕は悔しかったが、心の中でおめでとうと言った。

阪神タイガーズの監督をしていたときに巨人との最終戦があった。監督は原監督。打倒巨人に燃えた男が巨人の監督にエールを送った。僕は信じられなかったが、真の男を見たと思う。

東北楽天ゴールデンイーグルス時代

タイガースの監督から楽天の監督になった。タイガースの監督を終えた後、タイガースのSD?になっていたと思う。急に監督になったから驚いた。

楽天での監督として印象に残っているのは日本シリーズの巨人戦。巨人を倒して日本一の監督になった。涙が止まらなかった。日本一の監督になるまでは長かった。本当におめでとうと思った。

最後に

打倒巨人、そして日本の野球は世界一。ありがとう、星野監督。

ライター:ニュー侍(Twitter,Google+

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加